ayumiko

殴り書きしかしてない

自分の人生に誠実に

自分の気持ちを伝えるって
自分の心を差し出すことだよね

そんで
自分の心を差し出す行動ってもはや
自分の命を差し出すような行為だよね


無防備なもんだよ

だから怖いんだよね



大体の人からしたら
それってまるで、下半身を露出するような程度の感覚なのかもしれないけれど


私にとっては恥ずかしいとかどう思われるかわからないとか
そんな狼狽えではなく
恐怖そのもの



だって差し出したが最後、ブスリ!!!
なんて

それが当たり前に育ってしまったんだから



脳ってそんな馬鹿じゃないもの


もう
食肉処理場に移動させられるだけで恐怖を感じる豚のように


「決まっちゃった」のよね
私が一番困ってんのよ



私の人生に
弁解させてほしい


『私の意思じゃなくて
私の脳のせいなの!』



…なんて、本心ではあるけれど


だからって開き直ることもできやしない
人生だからなぁ
歩いていくのは 自分だからなぁ



だから苦しい

思い通りにならないのは苦しいことでしょ



自分に失望することも

手にできたかもしれないお宝を逃すことも

諦めて、その現実と そんな自分自身を受け入れることも

そこに納得することも


苦しいよな




苦しみたくないんよ


けっきょくどっちも
自分の心を差し出そうとすることも
諦めることも
苦しいよな
どっちも時間が解決してくれるけどさ



ネタにするとか
しらばっくれるとか
本心じゃないぶるの

私はもうしたくないんや


ちゃんと生きたい
「生きて」みようと
思ってるんだよ




自分の意思で生きていないのなら
生きているんじゃなくてロボットのように生活しているだけ
ただ心臓が止まらないばっかりに


言わない意思は
認識されない
認識されなければ存在しないのと同じなのよ


誰も人の事情なんて鑑みてくれないわ
私のサポートをするために生まれたキャラクターなんかじゃないもの


誰かの反応を気にして生きることはその人のために生きるのと同じこと
そして、誰かのために生きても
責任とってくれるわけないんだから
自分の思った通りに生きなきゃ納得できないでしょう?



いいかげん
誠実に生きろ
生きるなら